「ねー咲夜。咲夜は私が怖くないの?」


 ふと、そんなことを聞いてみた。まあ単純に好奇心。なんで咲夜は私の世話をしてくれるんだろうって思った。それも、なんだか楽しそうに。
 だって他のメイドは違う。みんな私を怖がってるのがよくわかる。
 そんなに怖がられちゃ期待に応えないわけにはいかないなーなんてついつい思っちゃうくらいに引きつった顔か、今にも泣き出しそうな作り笑いばっか。
 たまにそれがどうしようもなく苛ついて、思わず壊しちゃったこともある。だってあんな瞳をするのが悪い。
 一秒でも早く私の前から逃げ出したいって心底から思ってる、そんな視線を向けてくるから悪いんだ。
 ……けど、咲夜は、私にそんな瞳を向けてきたことがない。
 今だって本当になんでもないようにして、私の目の前にいる。いてくれる。
 毎日決まった時間に紅茶とおやつを持ってきて、私の話し相手をしてくれる。
 どうしてなんだろう、って思った。咲夜は私の能力のことなんて、身を以て知ってるはずなのに。
「私が、フランドールお嬢様を?」
 紅茶の片づけをしていた手を止めて、咲夜が首を傾げた。
「そう」
「それはどういった意味で?」
「どういうもこういうも。私の能力は知ってるでしょ?」
「はぁ。ありとあらゆるものを破壊する能力――でしたっけ」
「そうそう。だから、ほんの弾みで咲夜をきゅっとしてどかーん! ってしちゃうかもしれないよ。ほら、怖くないの?」
 実際、何人ものメイドをそうして壊しちゃった。だから、誰も私の世話をやこうだなんていうメイドはいなくなった。そんな物好き、いないだろうと思ってた。けど、今は咲夜がいる。
 ある日突然、一人きりだった地下室にやってきた咲夜。その日から、欠かさず会いに来てくれた。
 嫌な顔ひとつせず何くれと世話をやいてくれたし、すぐに何かを壊してしまう私を諫めてくれもした。何より、ちゃんと私の瞳を見て話してくれた。
「そうですねぇ……」
 俯いて、考え込むように顎に手をやる咲夜を黙って見上げて答えを待つ。自分で質問しておいてなんだけど、私は咲夜にどんな答えを期待してるんだろう。
 わからない。もし、咲夜が頷いたらどうしよう。ぐるぐると思考は螺旋を描く。
「怖くないっていったら嘘になりますが――やっぱり、怖くはないですね」
「――へ?」
 思わず、変な声を上げてしまった。それくらい、咲夜の答えは予想外だった。
 怖いけど、怖くない? 咲夜の意図がわからない。ただ、少しだけほっとしてる自分がいることだけは本当で。ええい、わからなかったら訊くのみだ。
「それ、どういう意味?」
「うーん。言葉にするのは難しいですね……逆にこちらから質問よろしいですか?」
「う、うん」
 少しだけ困ったような、そんな笑顔の咲夜に頷く。なんだろう? ちょっとだけ身構える。
「フランドールお嬢様は私のことをお嫌いですか?」
「なっ、そんなわけないっ」
「ありがとうございます。――では、それがそのまま先程の私の答えですわ」
 反射的に声を荒げた私の答えに嬉しそうに一礼してから、咲夜はまた謎かけみたいな言葉を私へと返す。
 私の答えがそのまま咲夜の答え? 一体、どういう意味だろう……。
 多分、私は途方に暮れたような顔をしてたんだろう。咲夜は、まるで内緒話をするかのように私の耳元へと唇を寄せ――
「そんな弾みで壊されたりはしない程度にフランドールお嬢様に好かれていると自惚れてますから――だから、怖くない。これが、答えですわ」
「――っ」
 そういって、照れたようにはにかんだ。
 その、滅多に見られない咲夜の表情と、言葉と。全部がどうしようもないくらい、嬉しくて。ああ、もう……咲夜はずるい。
 真っ直ぐこっちを見つめてくる咲夜の顔をまともに見れない。
 顔が熱いのが自分でもわかって、どんな表情を今自分がしてるのかもわからないから見られたくなくて、咲夜に返すべき言葉も思いつかない。
 だから。
 言葉にならない感情全部を込めて、咲夜へと抱きついた。
 うー。本人に言われて再確認するなんて、恥ずかしすぎる気もするけれど。それにちょっと悔しい気もする。だけど、それでも確かに本当だから。
 ――うん、大好きだよ。咲夜。
 伝えたいたった一言を込めて、咲夜の額にそっと、キスを落とした。



来夢さんからの頂き物でした。
わざわざ絵に繋げていただいてありがとうございました!

改行は少しいじってあります